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涙は女の武器

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私が小学生のころ、
授業が終わって帰り支度が済んだら、
毎日「反省会」と呼ばれるショートな学級会が開かれていた。
一日を振り返り、反省し、よりよく成長するための話し合いの場・・・と言えば聞こえはいいが、
早い話が「チクリあい」「ののしりあい」の会だった。

まずは、やんちゃな男子がやり玉に挙げられる。
「悪谷君(仮名)は、良沢さん(仮名)にバカって言いました。いけないと思います!」
「悪谷君は、ヘソ川(仮名)君の鉛筆を折りました。いけないと思います!」
哀れ、悪谷君は、何度も立たされ、反省の弁を述べさせられるのである。
決まり文句は「今度から気を付けます。」
それでも「正義の味方」の女子は、
「今度、今度って言いながら、いったいいつになったらやめるんですか!」
やり玉に挙げるのは、口の立つ女子。
悪谷くん、「今度から気を付けます。」と繰り返すしかない。
そして、恨みのこもった眼差しでその女子を睨みながら席に着く。
でも、仕返しはできない。
閻魔大王より怖い先生が前で話を聴いているからだ。

ときには複数の男子が立たされることもある。
もちろん私も幾度となく立たされた。
女子の定番の訴えは、
「男子が女子のボールを勝手に使います」だ。

裁判長は先生。
反論があればきちんと聞いてはくれるが、
実際、男子のしてることはたいていいけないことなので、ほぼ反論はできない。
場合によっては、先生に泣くまで怒られる。
だから、
悔しい男子は、負けじと女子のアラを探して訴える。
そうして、どんどん男女の対立は深まっていくのである。

それが「反省会」であった。
私も含め、男子の多くは戦々恐々としてこの反省会の時間を過ごしていた。
優等生の女子に文句を言われることよりも、
先生に叱られることが何より怖かった。

女子にしてみれば、男子のわがままや乱暴で下品な行為にやられっぱなしで、
それに一矢報いることができるチャンスだったのかもしれない。
なにせ、バックについているのは「閻魔大王」なのだから。


さて、
6年生にもなると、次第に男女の力関係も変わってくる。
思春期の入り口。
男子と女子は、これまでの「ライバル」みたいな関係から、
妙な意識を持ち始める時期になる。


そんなある日のこと。
教室で私が友達と雑談していると、
少し離れたところに集まっていた5、6人の女子が、
気になる男子の話をし始めた。
スポーツマンでかっこいい男子の話。
それは、私が一緒に雑談している友達のことだった。

羨ましい。
色気づいてきた私は、正直、そう思った。
でも、まあ、それだけなら我慢できたのだが、
なぜか、
その女子たちは、
突然「それに引きかえ『たけ』はねえ。」みたいな話をし始めたのである。
どうみても聞こえよがしに、私の容姿や運動音痴なところをあげつらって。

はじめは冗談めいた言葉だったが、
次第に言葉は鋭く辛らつになってきて、
だんだん私も腹が立ってきた。
「俺、別にお前らに何もしちょらんのに。」
そこまで言わんでも。

なんか、
自分のプライドが傷つくようで、
でも、その友達の前では平然としていたかった・・・。


んが、
突然、女子の一人、メグちゃん(仮名)が、
何か一言(なんって言ったかは覚えていない)笑いながら言ったことに、
周りの女子が爆笑し、
ついに私は、怒りが爆発した。

「うるさい!」


マジでぶん殴ってやろうと思って、
メグちゃんたちに近づいて行った。





・・・・だが、それはできなかった。


メグちゃんは、私への非礼を謝るどころか、すかさずこう言ったのである。

「あたし、泣こうと思えば泣けるんじゃけえ!」

???????????????


なんじゃ?それ????

周りの女子も、
「そうよ!メグちゃんは、泣こうと思えばいつだって泣けるんじゃけえね!ほら、謝りンさいよ!」
メグちゃん、見る間に目に涙を浮かべた。
う、うわ。ほんとに泣いちゃう!!!


ど、ど、ど、どーいうことだ。
失礼なことを言われて、からかわれて、傷ついて、泣きたいのは俺の方だぞ!



・・・だが、
それは言葉にできなかった。
だって、
その頃、誰かを泣かしたら、泣かした方が絶対的に悪者になったからだ。
よく分かんないルールだが、
目に涙が溜まっている状態ならセーフ。
でも、その涙が一滴でも頬にこぼれ落ちたらアウト!
「泣かした」「泣かしてない」の判断は、そこで決まっていた。

そして、反省会で「たけ君がメグちゃんに『うるさい!』って言って泣かしました。」と言えば、
先生に絶対叱られる。
その頃、男子が女子を泣かすことイコール「弱い者いじめ」だったのだ。

反論もできなかったであろう。
だって、反論するためには、
自分が「ダサい(こんな言葉は当時はなかったが)男子」であることを、
自分の口から言わなければならないからだ。
かっこいい友達に嫉妬していたこともばれてしまう。
思春期初心者の私には、そんなカッコ悪いこと絶対に言えはしなかった。




私は、怒りを押し殺して、メグちゃんに、
「ゴメンナサイ。」
と謝った。





メグちゃんは、自分の涙が武器になることを、
齢12歳で知っていたのである。



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じゃんけんの掛け声

じゃんけんって、地域によって掛け声が違うもんなんだろうか。
よく聞くのは、
「最初はグー。ジャンケンポン!」
じゃんけんを「じゃいけん」というところもあるようだ。


私が子供の頃言ってたのは、
「ジャンケンもってスッチャラホイ!」
これ、今の子は誰も使わない。

「あいこ」になるとこう言う。
「あいこでアメリカヨーロッパ!」

それから、あいこが続くたび、掛け声が変わる。

初めから続けて書くとこうなる。
「ジャンケンもってスッチャラホイ!」
「あいこでアメリカヨーロッパ!」
「パッパのおじさんヒゲ三本!」
「ボンボン時計が鳴りだした。」
「タンタンたぬきの腹づつみ!」
「みんみんみんなでジャンケンポン!」


おもしろいでしょ。
それでも決着がつかないと、
また、「ジャンケンもってスッチャラホイ!」から始まるのだ。


ふと思い出し、懐かしかったので。

早春賦



♫春は名のみの 風の寒さや♫


この歌の通り、まだまだ寒い日が続く。
今、家の外ではしとしとと冷たい雨が降っている。
だが、梅の花は咲き始めて、
一時期ほどの厳しい寒さは峠を越えたようである。

春遠からじ。

皆さんは、何に春の到来を感じられるだろうか。
梅の花?
膨らんだ桜のつぼみ?
つくし?
ウグイスの鳴き声?
黄砂?
それとも花粉症の症状から?




小学校の3~4年生の頃のこと。

家のすぐそばに空き地があって、そこで毎日のように草野球をして遊んでいた。
近所の子供たちと。
「子供は風の子」なんていう大人の言葉に騙されて、
どんだけ寒い日も、とにかく子供は外で遊んでいた。

野球もかけっこも、あらゆる運動が苦手な私だったが、
それでもこの頃は外で走り回って、
日が暮れるまで遊んでいた。

夢中になって遊んでたら、トイレにも行きたくなる。
特に冬場はおしっこが近くなるから。
でも、わざわざ家に帰るのはめんどくさい。
んで、「立小便」である。
「ちょっとタイム! ションベンしてくらあ。」
と友達に告げて、空き地の隅でおしっこをする。
私は、自分がする場所を決めていて、
決まって家と空き地の境目辺りの電柱のそばに放尿していた。

そんなある日、
立小便をしながらふと地面に目をやると、小さな土筆が芽を出していた。
その土筆は、私がそこで立ちションをするたび成長していた。
「おお、俺のおしっこで、このつくしんぼが育っているのじゃ。」と、
妙に悦に入っていた。

さて、ある日。
母親が家にいたから日曜日だったのだろう。
夕方に家に帰ると、母がザルにいっぱいの土筆を入れて、私に見せた。
「まあ、隣の空き地に土筆がいっぱい生えちょったから、摘んできた。」という。
その日の夕食は土筆だった。
父も姉も母も、喜んで食べていた。
父は、
「ワシも山育ちじゃったから、昔ゃあフキじゃのゼンマイじゃの土筆じゃの、よう食べよった。」などと、
昔を懐かしみながらパクパク食べていた。

私一人、
食は進まなかった。
「電柱のそばでとった土筆じゃありませんように。」
そう願いつつ、少しだけ食べた。
だが、隣の空き地で一番土筆がたくさん生えていたのは、
間違いなく、私が立小便をしていた電柱の周りだったのである。

その時、おいしそうに土筆を食べる家族に、
立小便をしていたとは口が裂けても言えなかった。




(ある方のブログ記事とコメントを読んで蘇った思い出である。)

スーパーカー世代じゃ!

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えー。
興味のない人には、どうでもいいような記事なんだが。


こないだ梅を見に行った帰り、交差点でかっこいい車が・・・。
私の車も、そのカッコいい車も先頭で信号待ちしていたので、
ばっちり前から見ることができた。

「ラ、ラ、ランボルギーニッ!!!」




即座にカメラを構え、車の中からランボルギーニを激写!!
「信号よ(赤から青に)変わるな!」と祈りつつ。



私はいわゆる「スーパーカー世代」だ。
小学6年のころから中学にかけて、
「スーパーカーブーム」が起きた。
その頃ちょうど父が車を買いかえたこともあって、
スーパーカーに「ドはまり」したのだった。


とはいえ、山口の田舎に住んでいたから、
ブームのころ、スーパーカーを見ることなど一度もなく、
ブームは去っていったのだが。

(国産車も好きだ。
家族でこの前「交通警察24時」みたいな番組を見ていて、
ひき逃げした車のテールランプの形状からひき逃げ犯の車種を特定する、
っていうのがあって、
警察が不鮮明な防犯カメラの画像を解析して、
調べていたんだけど、
私、その画像を見て、
番組内でお巡りさんが調べるよりも速く、車種を当てちゃったんである。
この時は、家族が尊敬のまなざしで・・・・いや、
あきれ顔で私を見た。)





家に帰って、この日見つけた車を調べてみた。
たぶん「ランボルギーニ・ディアブロ」だ。

ポルシェは、けっこうちょくちょく見ることがある。
BMWなんて、近所のおっさんでさえ乗っている。
フェラーリを見ることは少ないが、
それでも高速でたまに見かける。


んが、
ランボルギーニを見たのは初めてだ。


信号が青になった時、
そのランボルギーニの後をつけていきたいような気持ちになった。
つけて行って、ランボルギーニのあの「ガルウイング」が開くのを見てみたかった。



でも、車の中で興奮していたのは私一人。
妻もこぐまも「あ、そ。」の一言で終わってしまった。


ああ、
ランボルギーニ…。

保育園で歌った歌

♬きょうも たのしく すぎました
なかよし こよしで かえりましょう
せんせい さよなら またまたあした

おりがみ つみきも かたづけて
おかえり おしたく できました
みなさん さよなら またまたあした♬


YouTubeを見ていたら、懐かしい歌に出会った。
「またまたあした」。
この歌、私が保育園に通う頃も歌っていた。
もう四十数年前のことだ。
とても懐かしく聴いた。

今でも歌っているんだ。
というより、
この曲、ちゃんと作詞作曲されたもので、
いろんな園で歌われているものだということを初めて知った。



♬ならびましょう ならびましょう
きれいに ならびましょう
まっすぐに ならびましょう♬


この歌を歌いながら、「トントンまーえ」をしながら整列していた。
たしか、きちんと整列できるまで、延々と歌っていたような気がする。



こぐまが幼稚園の頃、
授業参観に行くと、
朝の・・・・
・・・・・ミーティング?
・・・・・ホームルーム?みたいなことをやっていたのを思い出した。

クラスのみんなが、
♬ おとうばんさん、おとうばんさん どこにいます?♬
と歌うと、
当番らしき2人の園児が、
♬ここです ここです ここに います♬
と歌でお返事をして、みんなの前に出てくる。
それから、型の決まったセリフで会を進行し、
最後に欠席した園児を園長先生に報告に行く。

お当番さん:
「いってまいります!」
みんな:
「いってらっしゃいませ!」

可愛いなあ。
それを、みんな、大きな声で一生懸命声をそろえてやっているのである。


「TEAMたけレコード大賞2014」には、残念ながらノミネートされなかったが、
年末、我が家では、この「おとうばんさんの歌」がかなり流行ったのである。


おとうばんさん おとうばんさん

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02 (2)

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女装癖?・・・いえいえ、そんな・・・




毎日暑い。
暑いと何もする気になれない。
何もしない。
何もしないで、エアコンのきいた部屋でじっとしている。
じっとしていると、何も起きない。
何も起きないからブログネタがない。
でも、暇だから、ブログでも更新しようかと思う。
でも、ネタはない。
だから、このところ、しょーもない思い出話ばかり記事にしている。



浪人生から大学生の頃、たまに女の子に間違えられた。
オーバーオールのジーンズが好きで、よく穿いていたのだが、
間違えられるのは決まってその時だった。
髪も肩近くまで伸ばしていたからね。

浪人時代、河○塾の食堂のおばちゃんに「あ、ちょっとお姉さん。」と呼び止められた。

大学時代、酔っぱらって終電を乗り過ごし、仕方なく阪急電車沿いの道をとぼとぼと下宿まで歩いて帰っていると、
後ろから、若人が軽トラに乗ってきて、すれ違いざまに「かーのじょ!」。

あ、それから、話は変わるが、浪人時代にこんなこともあった。

予備校の講義をさぼって、当時広島の駅ビルにあった映画館に映画を見に行ったことがある。
確か、フランスのコメディー映画だったと思う。

平日だったから、席はガラガラ。
私は、観客席の後ろの方、正面に向かって左寄りの席に座っていた。
映画が始まってからしばらくして、一人の男性が、
席はガラガラなのに、わざわざ私の座っている隣の席に座った。
そして、そのお兄ちゃん、だんだん体を前かがみにして、
すこーしずつ顔を私の方に向けて、
じーーーーーーーーーーっと、私の顔を凝視するのである。
薄気味悪くて、その兄ちゃんの方を睨むと、とたんに体を起こして前を向く。
でも、まただんだん前かがみに、そして、私の顔をじーーーーーーーっ。
それ、映画のあいだじゅうやられた。

さらに気持ち悪かったのは、映画が終わってからである。

映画館を出て、駅ビルのトイレに行った。
そして、おしっこしていると、そのお兄ちゃん、また入ってきたのである。
そして、これまた、がらがらのトイレなのにわざわざ私の隣の小便器に立ち、
私のおつぃんこをじーーーーーーーーーーーーーっ。
いやいや、これは、正直怖かった。

映画館の暗がりなら、私を女と間違えて、っていうこともあり得るのかもしれない。
だが、そこは、男子トイレ。
そこに私が入ったということは、私が男ということが分かったはずなのだ。
それでもついてきて、隣に立って・・・、ということは、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・男がお好きな方だったのか。

ぞっとした。





話は元に戻る。
暇なときは、ブログがだらだらと長くなってしまう。悪い癖だ。


大学3回生の時、クラブの夏合宿の帰りに面白いことがあった。

駅を降り、自分の下宿に歩いて帰った。
重い荷物を持ち、耳にはヘッドホン、ラジカセは荷物の中に入れていた。
でも、音楽は聞いていなかったと思う。
聞いていたとしても、そんなに大音量では聞いていなかったはずだ。
あ、それから、もちろんお気に入りのオーバーオールを穿いていた。

広い歩道をとぼとぼと歩いていると、
向こうから、見るからにガラの悪いお兄ちゃんがやってきた。
そして、1~2mほど手前で急に私の方に寄ってきて、私にぶつかるようにすれ違った。

「いたたた。」すれ違ってすぐに、そんな声が聞こえた。
私は、何のことか分からずにそのまま歩いて行った。
それからしばらくすると、そのお兄ちゃん、
「おら、ねーちゃん、なにしとんねん。人にぶつかっといて。いたたたた。肩が、いたたた。」
その言葉で分かった。このに~ちゃん、インネンつけて金でも巻き上げようとしているのだ。
「当たり屋」っていうのかな。
だって、どう考えても不自然だ。
広い歩道、人通りもなく、十分すれ違えるところでわざわざ私にぶつかってきたのである。
ぶつかったといっても、ちょっと押したかな、ぐらいの当たり方である。
確信を持った。絶対ケガなんかしていない。
なのに、兄ちゃん、まーだ叫んでいる。
「おるあ!またんかい!ブス!人に当たっといて、何じゃいわれえ。あいたたた・・・。」

私は、ヘッドホンをしているのをいいことに、音楽を聴いていて、気付かないっていうふりをしてみた。

「おるあ!!おるあ!!おるああああ!そこのねーちゃんじゃい。」

あらあ、あたし、男ですけどもお。

なんだか、ちょっと可笑しくなった。
いや、もちろん、ビビってもいたのであるが。
でも、彼は追いかけてはこなかった。
「その場から動けないほど痛い」感を演出する必要があったのだろう。





「われえ!!ええ加減にせいよお!!」




お兄ちゃんの声は、徐々に遠ざかって行く。




「われえ!人に怪我させといて。きいとんのか!!」




いえいえ、ほおら、ヘッドホンしてるやん。
私は、さも音楽を聴いているかのように、手でリズムをとって、
サービスでちょいとしゃなりしゃなり歩いてみたりした。





「このアマァ!・・・・・・・・聞こえんのか・・・・。」





彼は、私がヘッドホンで音楽を聴いているから聞こえないのだと、本当にそう思ったらしい。
そのあと、彼の声は聞こえなくなった。
そのあいだ、私は、一度も振り向くことなく、ずううううっと、ただ前を向いて歩いていただけである。

なんだか、とっても痛快だった。
ヘタレな私が、当たり屋を撃退したのだ。


ただ、一つだけ疑問が残った。
お兄ちゃんは、私をずっと「女」だと思っていたようだったが、
私、その頃、髭を生やしていたのである。
正面からやってきてぶつかったお兄ちゃんが、なぜ髭に気付かなかったのだろう??????





うーん。
暇なときは、やっぱだらだら書いちゃうなあ。
ごめんなさいね。

ヒロイズム

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昨日の昼下がり、職場で休憩時間に雑談をしていると、上司が、飼っている犬の話をし始めた。
ふいに、上司は、私に話を振ってきた。
私は、「・・・私、犬、苦手ですから・・・。」と、答えた。

私は、犬が苦手である。
犬を見て、かわいいと思わないわけではない。子供の頃は、雑種の捨て犬を飼ってたりもした。だが、犬を連れている人とすれ違う時、妙に緊張してしまう。どんなにちっちゃな犬でも、私のほうを向いて吠えると逃げ出したくなる。

私が犬を苦手になった、あるトホホな出来事がある。それが、いまだにトラウマになっている。




小学校六年生の時のことだ。忘れもしない、夏休み明けの始業式の日の朝。
家を出て学校に向かっていると、遠くで犬の鳴き声がする。田んぼと田んぼの間のあぜ道のような小道を歩いて行くと、その細い道の出口のあたりに女の子が立ちすくんでいる。大小5・6匹の野犬が、出口をふさぐように取り囲んで、女の子に吠声を浴びせている。
女の子は、同じクラスのメグちゃん(仮名)だった。

特別好きな女の子、っていうわけでもなかったけど、そこは、男である。
「メグちゃんを助けねば。」
私は、野犬と戦う?決心をした。


「下がって。」
私は、立ちすくむメグちゃんを後ろに下げた。(か、かっこいい。)
なに、いざとなったら、必殺の「ライダーキック」をお見舞いしてやるぜ。
その頃、クラスでは、「仮面ライダー」が大流行、私もすっかり感化されていたのである。あるいは、メグちゃんを助けようと思ったのも、正義の味方仮面ライダーの影響であったかもしれない。

と、ここまでは、まるでヒーロー物の主人公のようにかっこよかったのだが、この後がいけなかった。

さっきまでメグちゃんに向かっていた野犬だったが、今度は、私に向かって吠え始めた。
私は、「ここでひるんではいけない。」と、必殺の「ライダーキック」をお見舞い・・・・。


と思ったが、あえなく空振り。
それどころか、ついに野犬の中の一匹が私に飛びかかってきたのである!!

うひいいいいいいい!!

さっきまでの勇ましさは何処へやら、私は、一目散に走って逃げていた。




野犬たちは、一斉に私を追いかけてくる。

思い出した。
私は、クラスでも指折りの「鈍足」だった。


野犬はぐんぐんと近づいてくる。
「はっ、はっ、はっ」という犬の息が聞こえてくる。


もう、だめだ!!

私が道の突き当りにある神社の石段を何段か駆け上った時、ついに野犬が私に飛びかかった。

犬は、私のお尻にかみつき、半ズボンのお尻ところがビリビリと裂けた。


ちょうどその時、神社の人が掃き掃除をしていたらしい。
私に気づいて、持っていた竹ぼうきで犬を追っ払ってくれた。


私は、半べそをかきながら、破れた半ズボンを押さえ押さえ学校へ。

教室に入ると、先に着いていたメグちゃんが私に近づいてきて、
「たけ君、ありがとう。」って。



ま、まあ、結果として彼女を助けたことには違いない。
でも、仮面ライダーとはほど遠く、あまりのかっちょ悪さに、私は顔が上げられなかった。






そう、その日から、私は犬が苦手なのだ。


あの時代を忘れない

<


押入れをごそごそやってたら、大学時代の写真を見つけた。
もう30年以上も前の古い写真である。

懐かしくなったのでブログに。

当時私は、大阪の私立大学に入り、そこで、クラシックギター部という文化系のクラブに所属していた。
総勢60人ほどの大所帯のクラブであったが、私と同じ回生はたった9人。みんな男。
人数が少なかっただけに、9人は仲が良かった。

9人のうち、地方から来て下宿に一人暮らししていたのが、私を含めて5人。
中でも私と愛知出身のN君と岐阜県出身のK君の3人は、兄弟のように付き合っていた。

私は、毎日のようにN君の下宿に入り浸り、
3人で飯を食い、酒を飲み、
時に喧嘩をし、泣き、笑い、
人生を語り合ったものだ。

「YaYa あの時代を忘れない」
その当時の私たちにぴったりの曲だ。


初夢!

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初夢を見た。

夢と言うほどのものではないかもしれない。
眠っているときに、ほんの2・3秒、高校時代の記憶が頭に浮かんだという程度のことだ。


当時、土曜日の学校帰りによく立ち寄っていた書店。
そこで、平積みしてある「GORO」という雑誌を、
ドキドキしながら、手に取るという瞬間の夢だ。
表紙には、「河合奈保子」という文字が書かれてある。

きっと、
年末に「河合奈保子の娘」がアーチストとしてデビューするというニュースを知ったから、
夢の中に出てきたんだろうな。




高校時代、私の父は、勉強以外のことにうつつを抜かすことを心配していたようだ。
だから、レコードも、漫画も、ギターも、深夜ラジオも、友達に借りたエロ本も
父のいない時か寝ている時に、こっそり楽しんでいた。
見つかると2時間にも及ぶ説教が待っていた。


そんな中、こっそり見た歌番組で、河合奈保子をはじめて見た。
んで、すっかり私の中のアイドルになってしまったのである。


ある日、いつも立ち寄る書店で、「GORO」という雑誌に河合奈保子のポスターが付いているということを知り、
欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて仕方なくなった。

今思えば、たかが写真雑誌なのだが、当時の私は、そんなものを一度も買ったことがなかった。

ある日、意を決して、書店へ。
いつもは参考書を手にレジに向かうが、その日は、ドキドキしながら、GOROを手に取った。
指先に電流が走ったような気がした。
帰りの電車で、書店の紙袋を胸に抱き、ドキドキドキドキと心臓の鼓動が止まらなかったのを覚えている。






当時のことを懐かしく思い出して、さっき、ネットで画像検索をしてみると、
あ・・・、ありましたがな。
私が買った号のポスターが。

これ↓
naoko.jpg


はあああ・・・、
今見ても、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・かわいい。






ネットで「河合奈保子」を調べてみた。

『・・・1963年生まれ』

ほほう、
私より一つ年下ですな。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
つーことは、今・・・・・・・・・・・、
ご・・・・・・。


いやいや、やめとこう、歳を計算するのは。
(計算つっても自分の歳から1を引くだけだが。)
私にとって、
河合奈保子は、今も、このやるせない思い出と一緒に、
このポスターの歳のままで存在しているのだから。


フリルのズロース

先日、私の実家に一人帰省した時のこと。母が、こぐまに金をやりたいといった。税金のかからないギリギリの額を毎年贈るという。
「あーはいはい。そりゃどうもありがとう。」
私は、ぶっきらぼうに礼を言った。
就職した頃からずっと、私は、親に金なんかもらうものか、と、半ば意地のようにそう心に決めていた。自分が親から自立していることを親に認めてもらいたいという気持ち。若い頃はそんな気持ちで一杯だった。こんな歳になってもなお、どこかにそんな気持ちを持っているのだろう。



今朝、車に乗って通勤途中、ふと帰省した時のことを思い出した。あんとき、もっと素直な言葉を返しておけばよかったなあと少し反省した。
そのことがきっかけになって、職場に着くまでの30分の間、私は、子供の頃のことを思い出していた。




子供の頃、貧乏だった。
いや、その頃は、皆似たり寄ったりだったのかもしれない。私の両親は共稼ぎだったが、それでもかなり家計を切り詰めて生活していたことがあった。その頃のことを思い出した。


給料日前になると、母が個人営業の八百屋に行って「ツケ」で野菜を買っていた。
一緒についていった私は、店の主人にペコペコ頭を下げてほうれん草を1把だけツケで買っている母を悲しく思った。

三角定規を買ってもらわなければならないのに、
家に金がないことを知っていたから、言い出せなかったこともある。

こっそり母の財布から金を抜き取ろうとした。
家族の目を盗んで母のハンドバッグの財布を開けると、そこには紙幣はなく、硬貨ばかりが入っていた。いくらだったか覚えていないが、硬貨を1枚くすねた。次の朝、文房具屋で定規を買った。ずっしりとした罪悪感が私にのしかかる。




服を買ってもらうなんてこと、ほとんどなかった。
一番惨めだったのが、3つ年上の「姉のお下がり」を着させられていたことだ。

下着なんて外から見えないから、2日に1回は姉のお下がりの「ズロース」だった。しかもフリルの付いた、見るからに女の子のパンツ。


ある日、体重測定があることを忘れて、私は、フリル付きのズロースを穿いて学校に来てしまった。
「はっ、今日は体重測定だった・・・。」
全員パンツ1枚になって体重計に乗らなければならない。
体重測定の時間は刻一刻近づいてくるが、どう乗り切っていいものか考えが浮かばない。とうとう体重測定の時間になり、クラスで並んで保健室に行った。
「どうしよう。どうしよう。」
服を脱いだら、周りに笑われ、冷やかされるのは目に見えている。

保健室で皆一斉に服を脱ぎ始める。
私一人が、どうしても、どうしても服が脱げない。
級友は、パンツ一丁になって次々体重計に乗っている。
私が途方に暮れ、立ち尽くしていると、担任の先生が不審に思って、
「〇〇君(私の苗字)、なんで服を脱がないの! 早くせんと!」とせかした。
私は、とっさに、
「か、風邪を引いてるんです。」

「ちょっとの時間だから、大丈夫。」
担任の先生は、なおも私にパンツ一丁になるよう促したが、それでも私は立ち尽くしていた。

担任の先生は、それはそれは厳しく怖い女の先生だったが、
私の様子を見て、何かを感じたのだろう、
なぜかその時は、それ以上私に服を脱げとは言わなかった。
急に穏やかな顔になって、
「それじゃあ、今度、元気な時にね。」と言って、そのまま私を教室に帰してくれた。


こんな話を冗談交じりに誰かに話すと、たいてい笑われるか、「きもい」と言われるか。


もうこの年になったら私にとっても笑い話ではあるが、やはり少し胸がしめつけられる。



一人で車を運転しているようなときは特に。

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プロフィール

たけ

Author:たけ
TEAMたけ隊長
 50代に突入。カメラを持ってお散歩するのが大好き!特に、鳥の写真が好きです。まだまだ初心者ですけどね。


<隊員紹介>



 TEAMたけの要。しっかり者。ときどきおっちょこちょい。



こぐま(娘)
 花のJD(女子大生)。TEAMたけのムードメーカー。只今一人暮らし中。


そして、たけの分身、うり坊のうりちゃん。たまに登場。

たった3人のチーム(家族)。だから、助け合って、支え合って生きていく。

たけの落書きアルバム
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